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少年野球をしていた頃
私は小学校5年生で野球を始めました。体は大きい方だったので、足の速さや肩の強さには自信がありました。ただ、技術がついてこない。バットを振るのは速くてもなかなか当たらない。球は速いのにストライクに入らず、ピッチャーはやらせてもらえない。体の力はあるのに、それを活かす術を知らない——そんなもどかしさを、この頃からずっと抱えていました。
中学に入り、陸上部に入りました。都大会の4種競技で優勝することはできましたが、100mの自己ベストは11秒8。中学生としてはまあまあでも、決して速い方ではなく、やはり「身体能力だけでは届かない壁」を感じていました。
中学で陸上部だった頃
高校でも陸上を続けました。専門種目のハードルは、高校になると腰骨よりも高い、おへその下あたりの高さになります。その壁を越えるために自分なりに工夫を重ねた結果、ひどい腰痛に見舞われました。階段を降りることすらできない時期もありました。
振り返ると、この経験が私の人生の方向を決めた最初のきっかけだったように思います。自分の体なのに、自分の体の使い方がわからない。がむしゃらにやるだけでは、体は壊れるのだということを、10代の終わりに身をもって知りました。今、体の使い方を伝える仕事をしている原点は、間違いなくここにあります。
それでも陸上はやり切りました。もともと入りたかった都立高校の陸上部は強豪でしたが、そこには入れず、違う私立高校に進みました。決して強い部ではなかったのですが、高校3年生の東京都大会で、あの入れなかった都立高校にリレーで勝つことができた。あの瞬間の喜びは、今でもはっきりと覚えています。
右手を骨折し、サウスポーになりました
高校3年間で腰をひどく痛めていたので、大学では違うことに挑戦しようと考えていました。当時読んでいた格闘技漫画に憧れがあり、日本拳法という武道の部活動に入りました。パンチ、キック、投げ、関節技ありの、総合格闘技に近い武道です。
ここでも陸上で鍛えた足腰の強さはそれなりに通用しました。けれど、技術的な「目覚め」が本当に訪れたのは、大学4年生の夏合宿でした。
コーチから教わったパンチの打ち方は、地面に力を伝え、その反発力を拳に乗せるというものでした。その瞬間、自分の中で何かが変わりました。「技術が変わると、体の出力はこんなにも変わるのか」——初めて「体の使い方」というものの本当の意味を、体で理解できた瞬間でした。
夏合宿以降、成績は急激に上がりました。全国大会まで、ほとんど負けなしでした。
大学では社会心理学を学んでいました。当時はうまく言語化できていなかったのですが、心理学を志した理由も、その後の職業選択も、私の中にはずっと一つの思いがありました。「目の前にいる人に何かできる人間になりたい」という思いです。
就職を考えるとき、整体師のほかに、マジシャンやパフォーマーという選択肢も頭にありました。高校時代には音大を勧められるほど歌がうまかった時期もあったので、歌を使ったパフォーマンスで生計を立てることも本気で考えていました。でも、正直に言えばパフォーマーで食べていけるイメージが持てなかった。
そのとき、整体の技術に一つの可能性を感じました。もし手に職があれば、仮に整体師として生き続けなかったとしても、どこにいても誰かの肩こりや腰痛を楽にしてあげられる。それはコミュニケーションの武器になるし、人との良い関係を築く力になる。そう考えて、整体の世界に飛び込みました。
入社したのは、業界最大手の整体サロンでした。そこで多くの時間をかけて得たものは、医学的な知識よりも、接客の流れを体に叩き込むこと、笑顔で対応すること、サービスとしての整体の在り方でした。
その経験は今でも大きな財産です。当時のスタッフの方々は個性豊かで、10年勤めた院長、元雇われ院長の実力者、水商売から転身して接客力でお客さんを増やしていく方。皆さんからたくさんのことを学びましたし、今は連絡を取ることはなくなりましたが、皆さんが頑張っていてほしいと心から思っています。
けれども、私が本当に目指していたのは、相手の辛さを取り除いてあげられるような治療技術でした。整体の技術をもっと本質的に高めていきたい——その思いが日に日に強くなっていきました。
実習生だったころ
1年で会社を辞める決断をしました。カイロプラクティックの国際資格を取ろう。どうせやるなら、一番ちゃんとした資格が取れるところに行こう。そう決めて、Tokyo College of Chiropracticという4年制の大学に入学しました。現在は閉校してしまいましたが、当時、日本で唯一カイロプラクティックの国際資格を取得できる学校でした。
基礎医学の量は膨大で、有機化学、病理学、解剖学——医学部と同等の時間をかけて学ぶことが国際資格の基準でした。難しい科目はたくさんありましたが、自分の学びたいことを学べているという喜びがあったので、毎日の授業はとても楽しかった。辛いと思ったことは一度もありませんでした。
国際資格の授与式にて
D.C.(ドクター・オブ・カイロプラクティック)の資格を取得し、卒業後は目黒にある国際資格保持者だけが働くカイロプラクティック院に入社しました。
しかし、実際に臨床を始めてみると、学校で得た知識だけで人の体を変えられるほど簡単な世界ではありませんでした。限られた時間の中で、どうすればもっと相手の体を変えられるのか。毎日が試行錯誤の連続でした。
学校ではたくさん練習しました。それでも、実際に来院される方が持ってくる症状は、最低限の技術では間に合わないものばかりです。いろんなセミナーに出てみたり、終電まで「もも上げの仕方」を一人で考え続けたり。体幹の使い方、肩甲骨の動き、内臓のサインが体にどう現れるか、どんな体操なら皆さんが続けやすいか——そうしたことを、毎日のように考え続けてきました。
2025年にご来院者さんたちと山手線を一周歩きました
その試行錯誤の先に、ようやく見えてきたものがありました。
ただ症状を治すだけではなく、来てくださった方ご自身が体の使い方を理解し、私が大学生のときに感じた「技術次第で体はこんなにも変わる」という体験を、皆さんにもしていただけるレベルに、少しずつ到達していったのです。
100m移動するだけで疲れていた方が、今では高校生の息子さんと2時間バスケットボールを楽しんでいます。ちょっとした移動で休みたくなるほど体力がなかった方が、1シーズンに5回もスキーに行き、毎週バレーのパーソナルレッスンを受けています。半日の旅行でホテルに引きこもっていた方が、1週間の旅行で予定をパンパンに詰めても、全工程を笑顔でこなせるようになりました。
ただ肩こりや腰痛が治るということだけではなく、自分の人生を主体的に楽しむための活力そのものが生まれてくる。そういう体験を届けられる整体師に、ようやくなれたのだと感じています。
これからも、そうした体験ができる方を一人でも増やしていきたいと思っています。
年齢のせい、性別のせい、体質のせいだと思っていたことが、実は体のゆがみや使い方のせいだった。諦めなくてもいいものを「もうしょうがない」と諦めてしまっている方がたくさんいます。本来もっと楽しめるはずの人生を、取り戻すお手伝いがしたい。何か新しいチャレンジをしようという活力を持っていただけるようになる——そういう方を増やしていける整体院にしていきたいです。
2022年、恵比寿に みらいカイロプラクティック を開院しました。
恵比寿駅から徒歩数分の小さな整体院ですが、カイロプラクティックの国際資格と10年以上の臨床経験をもとに、お一人おひとりの体と真剣に向き合っています。「体が変われば、人生はもっと楽しくなる」——その実感を、ぜひ当院で体験してみてください。
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